量から「質」へ

「工業生産時代からポスト工業生産時代へ」という時代は「衣食住足りて付加価値を求める時代へ」でもあるわけです。

現在が、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズに描かれたような時代なら、テレビはテレビでさえあればよく、冷蔵庫や洗濯機も、その機能であればもうそれで十分だったはずです。ただ2016年ともなると、ただご飯が炊けるだけの炊飯器ではなく、形状はかわらなくともAI搭載の「考える炊飯器」だったりします。

「100個の林檎を持ってこい」というオーダーなら、たいていの人がそのオーダーに応えられるかもしれません。でも「美味しい林檎をひとつ、選んできてれ」といわれたら、今度はたいていの人がそのオーダーに応えられなくなるでしょう。
主観的に「私が美味しいと思う林檎」を押しつけるのならまだしも、その人の「美味しい」を理解して、あまたある林檎の中から、彼が美味しいといってくれる林檎をチョイスする…ソムリエさんがワインの知識だけでは一流になれないのと同じ。必要な情報量も膨大なら、人間の観察力にも長けている必要があります。

量から「質」へ

嗜好品的なジャンルだけでなく、介護などの福祉的な分野など、どの分野だって一様な普及が終われば、求められるのは「質」です。

自治体が供給する水道水を飲まずに「水」は買うものになって久しく、さらに、その自治体の水でさえ「味」で差別化が始まっています。

こりゃたいへんなことになるなと思います。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中