危機感

ヨコハマにフクシマと同等の危機感を持っている人はほとんどいないんでしょうが、僕は、それと同等か、あるいはそれ以上の怖さを感じています。

危機感」への2件のフィードバック

  1. Sachie の発言:

    カタカナと漢字で表記された地名の違いってなんなのでしょうね。福島はあの事故以降にフクシマと書かれることが多くなりました。考えてみると、「ヒロシマ、ナガサキ」もそうで。個人的にはカタカナで表記してしまうと、途端に過去の事実が非現実的になり、まるで夢(これらの場合は悪夢)だったかのような印象です。そう思うと、ヨコハマというカタカナ表記は今の横浜に合った表現方法なのかも。いつまでも夢物語を見続けている街….。覚めたときには何が待っているのかな。

    • 「ヨコハマ」については、ほぼSachieさんご推察のとおり、開港後の横浜がフィクションだからという意味で、あえて記号的に「ヨコハマ」と記すことにしています。
      一方「フクシマ」がカタカナになったのは「事故が起こったのは福島だが、深刻な問題として受け止めたのは海外の人々だったから」であり、問題意識自体が逆輸入されたものだったからでしょう。政府の情報統制もあって、外国で認識されているほどの「深刻さ」が日本国内にはない…そこで外来の「フクシマ」が問題意識としては優先されたということなんだと思います。「ヒロシマ、ナガサキ」については少しこれと異なりますが、やはり日本国内や日本人の問題ではなく、人類全体の問題として国際的にとらえる場合に、英語表記をカタカナに置き換えるように「ヒロシマ、ナガサキ」と表記されるのだと思います。原爆を投下された被害者という視点からだけではなく、実際に核兵器を地球に用いた人類という視点で考えられるかどうか…。もともと日本国民がそうした問題意識を持ち、国際的に発信できていたら「広島、長崎」と表記されていたかもしれません。

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