持論とブランド

自分の「仮説」を述べている過ぎないのに(つまり「持論」ですね)、自信たっぷりに言われちゃうと、それを信じちゃう。共感できれば自分のその判断も信じちゃう。そもそもそれが間違いだったんでしょう。正しいと「思う」ではなくて、ちゃんと理屈に合っているかどうか、客観的な論証が必要だったはず。

原子力発電、安全だと「思う」ではなくてね。

それにある種のブランド信仰みたいなものもありますね。例えば「東大卒」とか。政府や政府機関の提出した「数値」なら正しいと思うとか。

まずは、この習慣を改めなければなりませんね。

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