横浜市には全部で18の行政区がありますが、そのうち海岸線に接する区はわずかに5区です。それでも13区が横浜市に連なったのは一時はこの国の貿易額の85%を占めたともいわれる「港」が産み出す「お金」に拠るのでしょう。大半は東京の企業や資本家に吸い上げられてしまっても、まだまだ旨味はあって「わが地域」の行く末を左右することができる人々にはメリットがあったのだと思います。庶民にとっては横浜市なのに満足に生活インフラも整備してもらえない地域でも、声の大きな人々には異なった事情があった…そう考えた方が筋が通ります。
「ヨコハマといえば港」というイメージがありますが、つまり、それは幻想です。
横浜港は幕府が貿易独占を狙って「ほとんど誰も暮らしていないところ」を選んで築港された港です。もともとは川の河口。そこを周辺の丘陵を切り崩して埋め立てて田んぼにした…故に開港時には三方は崖、一方は海という「出島」な感じ。もともと人の暮らしがないところを選んで港を造っているわけですから、鎖国を解くまでの長い間、横浜港は港としての記憶を持たず、もちろんヨコハマは港都はおろか港町としての記憶も持ってはいません。
つまり、横浜港はビジネスのために生み出されたフィクション。ディズニーランドみたいなもんです。
この広大なディズニーランドには閉園時間がなく、しかも実際に人が暮らしている…蚊の多い湿地帯にカリフォニアから砂を運んできて「ワイキキ」イメージを創った感じと似ている気もしますが、リゾートじゃないぶんヨコハマの嘘の方が罪深く、影響も大きいでしょう。
都市なんてどこもがイリュージョンなんだとは思いますが、ここまで完全無欠なイリュージョンは、この国ではヨコハマぐらいのもの。でも、その奇異な存在感が面白い文化を育む土壌になっていたりもします。
なにしろ、大ボラなら大ボラなほど真実に聞こえ、ホントウのことをいうと嘘に聞こえる街です。
たぶん、伝統は育ちませんが、泡沫のように消えていく芝居狂言なら、それはそれとして面白いことになるでしょう。
歌舞いているなら絵になる街なんだと思います。