アートとデザイン

アートっていうのは、自分が思うところ、自分が美しいと思うものを発表し共感者を待つという手法です。でも、たいていは「私以外私じゃない」ので、天恵としてもともと「大勢」と波長が合っていない限り、食っていくのは難しいというわけです。
一方、デザインは発注主や購入者の意思があって、デザイナーはそれを観察的にとらえて、その人のために作品をつくっていくというものです。故に、作風も「自分の」ではなく、発注主や購入者が望むものということになります。名人になると発注主や購入者でさえ言語化できなかった「欲しかったもの」を探り当てて作品にします。

僕はピカソってアーティストかなと思うことがあります。
あの人、幼少の頃から、めちゃくちゃデッサン上手いし、自分のアートで、あんなに(流行にあわせて)作風をコロコロ変えられるもんなのかなと思うのです。

自分の作品を世間に問うて、やたらと共感者を得て生きているうちに巨万の富をなす…アートじゃ無理かなと。

コンテンポラリー・アートの作家たちも、ホントに時代に啓示的なアートは少数で、たいていはギャラリストがついて絵画なんだか株券なんだかわからない値のつり上げ方をされているものが少なくはなく、上海とニューヨークに自分のギャラリーを持って、同じ作品を売ったり買ったりして値のつり上げるなんてこともしばしばです。

(脱法的に政治献金をするために、高額の絵画を承知の上で購入して贈り、その絵画を相手に売ってもらって献金にするなんてパターンもあります)

やっぱり「私以外私じゃない」状況で、自分のアートで食っていくのはなかなか難しいでしょうね。
もともと気の合う人と友だちになるので、その中での評価は得られてもそれで食っていくには至らないケースがほとんどで。

逆にいえば、「食っていく」は見ず知らずの他人に評価されることからかな。

そういう意味では、SNSなどインターネット環境が整ったことで「街場の道場も充実してきた」とはいえるのかもしれません。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中