陥りがちなこと

「中国が」の「中国」は、僕の場合「中国政府が」とほぼ同義語です。
学校で、僕の身体に気を使ってくれたのは、かの国からの留学生の人でしたし、彼女から「NHKの7時のニュースにあたる『新聞聯播』というニュース番組の言うことを真に受けている人は滅多にいない」という話しを聞いたり、確かに「反日教育」はあったが「今はそのことについても冷静に受け止めている」という話しを聞いていると、少なくとも中国政府の考えにすべての中国国民が染め上げられているわけではないなと思ったりします。
アメリカ合衆国だって、共和党な人と民主党な人では、価値観も生き方にも180度の違いがあり、同じ国の国民をやっていることの方が不思議なくらいです。たぶん、どこの国だってそうです。一色であるわけがない…僕だって、外国の人から僕のことを「日本人ってやつは」と十把一絡げに語られたら「私以外私じゃない」と反論したくなるでしょう。

故に「鬼畜米英」的に、ある国の人々を紋切り型に語ることは誤り…危険でもあります。

他国を紋切り型に語る癖がそのままだと、危険だ、危険だと絵空事を述べ続ける自国政府に防衛予算を増額され、やがては戦場に駆り出されることにもります。
とにかく一国一色であることが異常。日本だって、政府が率先して「非国民」という概念でも創りあげなければ一色にはなりません。

そのことをゆめゆめ忘れることがなように。私は大丈夫と思いつつ、案外、陥りがちなことです。

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