ともだちネットワーク

あっちこっちから「根無し草」ばかりが圧倒的な人口密度で狭い土地に集まって暮らす…職縁もなく、生活時間もバラバラ。
こういう大都市で、町内会みたいに「空間を共有している」でコミュニティをまとめようとすると「違い」の方が際立って、上手くいっても群雄割拠、ご近所が殺伐としてくる…
江戸時代の都市は、例えば「紺屋町」「大工町」みたいに、近隣で職縁が保てるように設計してあったんですが、維新政府は都市の運営経験がありませんでしたから、そういうことも気にせず、翼賛体制以降はなんとか命脈を保っていた「江戸」も滅びに任せる状況。もうボロボロです。

「江戸は,特に後期になると、かなり近代社会の実質を持っていたといえると思う。だとすれば、明治国家は近代市民社会ができている上に国家をつくったということになるので成功する条件に恵まれていた事になる。これは結論を先取りすることになるが、今の日本で起きている事は,近代社会の遺産、つまり江戸の重要な遺産をほとんど全部食いつぶしてしまったことに拠るものではないかと思う。」

1984(昭和59)年 当時の大蔵省・財政金融研究所に設置されていた「21世紀の経済・社会システムを考える研究会」
ある日の会議録に、水谷三公東京都立大学教授(当時)の発言として記録されていた言葉。

 

こうなってしまったら、まず「町内会」的な近隣互助システムは諦めて、もうちょっと広い範囲の「ともだちネットワーク」の構築に努力すべきです。ご近所であることより「話が合うこと」を念頭に、ちょっと風邪ひいちゃったら買い物頼めるくらいの距離(電車かバスで数十分)から、励ましあうならSNSを通じて全国区でもいい。とにかく「ともだち」的に肩肘張らずに付き合っていける人と仲間になることです。

ただし、バブルの頃の名残のように「一緒に遊ぶ、飲みに行く」ではなくて「生活を支え合う」仲間。そういう意味では「働き方」や「お子さんがいらっしゃるか否か」がネットワークの共通項になるかもしれません。

いずれにせよ、ベタベタじゃぁない方がいいかな。重いとお互いに疲れちゃいますからね。

「根無し草」には、ちょっとクールな関係くらいがちょうどいいでしょう。

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