お役所任せ

あえて、みなさんが日頃生活している空間であり場所であるヨコハマと、横浜市役所という機関やその機関がなすべき仕事という意味での横浜を切り分けて話しをします。

あくまでも僕の観測ですが「横浜市役所という機関」については、もう手遅れな感じがします。
横浜市役所を大きな船に例えると、あっちこっちが傷だらけで、その傷を目の前にして各担当者は、抜本的な解決策を見つけられないうちにとりあえず板を打ち付けているような感じ。
しかも、その情報が各部署で共有されているわけではないから、全体としての横浜市役所の状況には誰も気がついておらず、船長には操船の経験がないから「面舵」の意味もわからない。船長を補佐すべき一等航海士にも実は十分な経験がなく、あと数年で陸へ上がれるからとどこか他人事のよう。引退後の再就職先のことの方が気になっているようだし、もとより、戦後初めての経験が続く「これから」の時代に処方箋を描く実力はないでしょう。
こういうことになると、なにごとも「役所」を主語にして語られがちですが、「役所」というのはただの「箱」。問題解決の糸口を探し、実際に事を運ぶのはお役人たちの実力。それ以上でも、それ以下でもない。そして、僕はもう四半世紀以上、彼らと仕事をしてきた…それも僕の倍、Tシャツの納入業者からなんとか検討委員の先生まで。

それで、今はあきらめの境地に入っているというわけです。

全体としての横浜市役所の状況には誰も気がついていないということは。いよいよ沈没の寸前にならないと危険信号は発することはできないということ。だから緊急避難はセルフサービスです。

ヨコハマには広大な実質「財閥系」再開地があって、そもそも歩道も「私有地」だし、ゴミ収集も私立です。災害対策を含め、それなりの生活利便も「私立」で確保されています。そういう治外法権みたいなところが幅を利かせているので、役所がどうなろうと被害軽微な地域もあります。でも、大半のヨコハマはそういう空間、場所ではありません。道路の補修もゴミ収集も横浜市役所任せです。

たぶん、多かれ少なかれ、優秀な例外を除いてはどこの自治体も似たりよったりの状況でしょう。それが今の日本です。

(ヨコハマだけでなく、いくつかの自治体でも仕事をさせてもらいました)

自発的に地域の「民」が立ち上がるなら、何かの奇跡を待つこともできます。でも「行政の施策」を待っているようなら見込みなしと言わざるを得ません。
それが大都会であれ、寒村と呼ばれるような小さな自治体であれ状況は同じ。
自治体頼り、お役所任せでは沈没。でもたったひとりの行動が思いもよらぬ奇跡を生み出すネット社会でもあります。

結果はもうすぐ目に見えてきます。

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