まめに

僕は、ヨコハマの都心に暮らしていて大震災が「起こってから」の避難では遅いと思っています。
いわゆる防災グッズを揃えていても、海抜0.5m、プリンのような埋め地ではどうにもならん。僕は右麻痺ですし、うちの奥さんも機敏とはいえない…被災後の集団生活にも馴染めないでしょう。そういうわけで蔵書の大半を整理し(2LDK一部屋分くらいありました)、その他諸々処分して、できるだけ生活をミニマルにし、今、暮らしている高台に移ってきました。

今、住んでいるところは、関東地方にナウマン象がいた頃からのドライランドです。埋立地だらけの都心だけでなく、郊外地に行っても人が住んでいる土地は干拓か埋立がほとんどというヨコハマ。縄文期以前からのドライランドはホントにピンポイントです。無理に崖を削ってつくったような宅地でもないとすると、さらに貴重。探し当てるまでに数年を要しました。現在のところは中世期に築城のために整地されていますし(その頃、前方後円墳が一つ、潰されているような気がします)、近代以降も無傷できたわけありません。が、ほぼ台地登頂部の原型を留めているところです。海抜は50mほどはあります。至近な距離に公園も多く、人口も密集している感じではないので、民地にもゆとりがあります。ヨコハマ都心で海抜は50mというと逆に忘れ去られたような土地で、ここに住んでいる人以外の往来はほとんどありません。高台かと思って「水」が心配かと思いきや、実は井戸が複数あるところでもあります。

ここから仕事の現場には歩いて通えます。通勤はないのでほぼわが家にいます。就業中に被災するリスクも最小になるようにデザインしました。

オヤジは光学機械の技能職として長い間を地震と格闘してきてもいましたから、この国が「ある活性期」に入ったことも聞いていましたし、今、自分が歩いているところ、住んでいるところの海抜を意識するのもわが家の習慣でした。

それでも油断していました。

津波が到達するスピード。キラー・パルス。埋め地盤の液状化。長期にわたる避難生活の困難さ…まったく想定ができておらず、実際に被災したとしたら、かなりシンドイ生活が予想され、地形図を見直し、地質分布を調べ、土地開発の歴史を歴史を調べ直して、人口密集地で埋め地である大都市都心、沼地や田んぼを埋め立てたような郊外の住宅地、崖地を無理に削ってつくった宅地などを避け、リハビリ散歩のついでに現地を観察して、やっと現在地のような台地登頂部を見つけたというわけです。

それでも、登頂部の端にあるところに、1900年代初頭、1980年代に大規模な崖崩れを起こしているところがあり、ドライランドの恩恵を受けられるところがごくわずかです。

面倒くさがったらダメだなと思います。

確かに大変ですが、この20年ほどの間に起こった大災害が、そのとき「行政は必ず後手に回ること」を教えてくれています。それがわかっているのだから、まめマにならざるを得ないのだと思います。

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