自分の中に

僕が若い頃には「マルチ・タレント」なんて言い方がありました。
「マルチ」っていうのは【multi】=数量や種類が多いこと。転じて「いくつかの要素が合わさっているさま」を指しますから、俳優でも歌手でもある人はマルチ・タレントっていうことになる…でも、今は「マルチ」もさほど珍しいことではなくなり「マルチ・タレント」なんて言葉もあんまり聞かなくなりました。

それにね。

ジャンル分けする以前に、その人の魅力があって、その人が歌を唄っていても、お芝居をしていても魅力的っていう存在感もはっきりしてきました。

夏木マリさんなんてその典型ですね。
彼女は一人の歌手であり俳優であり、ムーブメントを仕掛けていくオーガナイザーでもある…それ以前に生き方そのものが提案だし魅力的。UNIQLOをあんなにカッコよく着こなせるファションリーダーでもある。
タモリさんだって、タモリさんがジャンルだし、平賀源内だって、レオナルド・ダビンチだって、ジャンル分け不能。まるでかつてのジャンル分けが足かせみたいに思えてきます(つまり、今に始まったことじゃないんですね)。

たぶん職業名詞的ジャンルって、何事も分業・分担にしたがった工業生産時代の遺物なんでしょう。昔々、歌が上手い巫女さんも巫女さんだったし、笛が上手い巫女さんも巫女さんだったし、踊りが上手い巫女さんも巫女さんだったといいますし…

あの田中泯さんは、連続テレビ小説「まれ」(NHK;2015年) の桶作元治役の演技も、ずっと山梨で続けていらっしゃる農作業も、みんな「踊り」であって「僕は踊り子」っておっしゃいますね。

でも、田中泯さんの「踊り」にあたるもの。それを見つけるのはちょっとたいへんそうです。

…ヒント

たぶん、夏木マリさんやタモリさん、それに田中泯さんは「俳優になりたい」じゃなくて、もっと自分の奥底から湧き上がってくるものに「命ぜられるまま」に、それを生きているって感じなんでしょう。

棟方志功さんは、自分が彫ってるんじゃなくて、もう「木」の中に仏さんはいて、点線をなぞるようにそれをあぶり出しているだけだっておっしゃってましたが、あんな感じに、自分の中にすでにある人生を探す…

たいへんそうだけど、耳をすませば聞こえてくるかな。

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