実感するまで

インターネットが生活インフラになり、SNSが空気のように汎用されるようになり、少数者の存在が、彼らの意見や考えのままに可視化できるようになりました。
しかも「世論」というものも、この国内に閉じたものではなく、国際的に開かれた評価軸が出来つつあります。この国が「非国民」としても、ヨーロッパでは「いや、それは市民として正しい考え方、行動だ」と評価し、そのことが世界に向けて発信される可能性がある…厳然と国境が存在し日本のマスメディアしかなかった時代とは大違いです。

何が何でも「多数」をとりにくために妥協したり、つまりは「多数派工作」の効力は加速度的に薄れつつあります。
カリスマ性についても、依然としてそれを欲する人々はいるはずですがヒトラーを支持しないドイツ人はかき消される、あるいは抹殺される時代ではなくなっていくでしょう。何しろ、その状況を世界に向けて発信されてしまうのです。

ただ、この状況、長くは続かないような気もします。

システム上、マスメディアをコントロールするほどに容易ではないかもしれませんが、いずれは「テロ防止」などを理由に政府のコントロール下に入れられてしまうんだと思います。

なにしろ、政府にとっては看過できない雑音の発信源でしょう。国によっては政府転覆の導線になったりもしています。

為政者がインターネットやSNSの威力を実感するまで…かな。
20年、30年と、ずっとこの状態が保たれるっていうことはないんだと思います。

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