峰不二子みたいな魅力なのかな

京浜急行に乗って川崎に行きます。横浜駅から9分ほど。あっという間です。この間、僕は横浜市と川崎市の「市境」をまたいでいるはずですが何ら触感的な変化はありません。当然のことです。日付変更線もありませから、どちらともが2016年1月11日、祝日の月曜日です。

僕らの日常生活に「市域」は関係ありません。近頃は宅急便屋さんも集約的なら集配担当地域を自治体域を基準にはしないそうです。「市域」に絡んでくるのは、もっぱら「お役所」仕事。逆に言えば、お役所仕事以外で「線」を引く必要なんてあるんでしょうか。

国境なんていうのも同じでしょう。それを必要としているのは各国政府であって、そこに暮らす人々ではない…だから家族がある日突然「引き裂かれる」なんてことが起こるんだと思います。

土地に柵する人がいる/通ってゆくばそのままで/何て事もなかろうに/一つの柵でこうなのか

吉田拓郎さんが高校生のときにつくったという「土地に柵する馬鹿がいる」という楽曲の一節です。

馬鹿かどうかは別にして土地に柵したことが市井の庶民にとって「理にかなった良策」だったとはいいにくかったようです。
だからこそインターネットの汎用によって「柵」はどんどん溶かされていっている…

これからは都市の時代といいますが、それは柵に囲まれた「コンパクトな国」という意味ではないでしょう。
もっと単純に、もっとあいまいに、ただ人が集まっている場所という意味での「都市」ということなんだと思います。

そのときの人を集める磁力ってんでしょう。峰不二子みたいな魅力なのかな。
この不安だらけの世の中でも、そういうことを考えてみるのは面白いですね。

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