組 織

「組織」っていうのは、大勢の人を組み上げて、ひとつの製品を大量に生産するとか、大勢の歩兵を前線に並べて一斉に攻撃させるとか、やっぱり、そういう場面でこそ効力を発揮するものなのでしょう。対応すべき案件が細分化され、それぞれに状況が異なれば、せいぜいが小隊編成な「担当」がそれぞれに対応せざるを得なくなる…
例えば、大きな会社(=組織)が運営するチェーン店舗があったとして、マニュアルがカバーできる範囲で全ての店舗業務がうまくいくわけでもなく、結局はその店舗を運営するスタッフさんの力量に拠るところが大きい…実際、同じチェーン店でも同じようなミスを繰り返す店がある一方、すこぶるサービスがいいときは、その時間に入っているスタッフさんの個人力に拠るところが大半だったりします。
つまり「ひとつの製品を大量に生産する」ような現場でもない限り「組織」は責任の所在をあいまいにすることだけに役立っている(役立てているのは就業者)に過ぎず、サンダース軍曹がいない小隊はやっぱり弱いということなのだと思います。

でも、驚くほど、このことは一般には認識されてはいません。
工業生産時代が終わろうとしている今も「組織」は頼りにされています。

明らかに状況とは矛盾しています。矛盾しているのに、民間も公的機関もたいていは「組織」です。

ここに氷山に衝突した痕跡はあり、すでに浸水は始まっているということ。それが現状です。

ただ、三菱系の中心的な企業では「組織をやめる」実験を1990年代から始めているところも少なくありません。三井さんには、未だに社員総出で「新年会」をし、それでインフルエンザを会社内に蔓延させる企業もありますが、トップを走る企業ほど「明日を掴む」のも早い。

憎たらしいですが、こうやって勝ちを重ねてきて今日があるのだと思います。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中