いらないものは省く、止める

ただ「出銭を抑える」という意味での節約と、ちゃんと自分を考察して「いらないものは省く、止める」といった節約術は「質的」に全然違うものです。

例えば事務机の引き出しに何本の筆記具が入っているか。腕は二本だし、フツウは利き腕は1本だから、1本で済むはず。ラインマーカーだって、あれば便利ですがなくても済む。
その「旅行」。自分にとってはっきりとした効用があったかどうか。費用対効果として、どうだったのか。気分転換なら散歩でもよかったのでは…

そういう見直しと、自分のライフデザインの見直しをして、できるだけミニマルにする。できれば「やせ我慢」ではなく「納得ずく」で。

たぶん、最初の「断捨離」もこういうコンセプトだったんでしょうね。
なんだか、近頃の「断捨離」はただたんに「捨てられなくて困っているものを捨てる行為」みたいに曲解され始めて久しいようですが、ホントは「捨てる」とかただの結果であって、大切なのは、そこに至るプロセス。消費社会で煽られ人生を送る自分を「断つ」ということだったんでしょう。「断捨離」なんて、なんてゴツい名前なんて思いますが、消費意欲だけをくすぐられて、こんな消費社会に生きていると、確かに「いらないものは省く、止める」というシンプルな行為でも「清水の舞台から飛び降りる」的な覚悟が必要なことになってしまいます。

つまり、ブランド品のバックは欲しいままだが、ディスカウントものを探して節約を心がけるなんて、やっても無駄だということです。

フツウは利き腕は1本だから、筆記具は1本で済む。あとは処分する…

そっちへ自分を連れて行けるかどうかですね。これもボート造りへの第一歩です。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中