そういうことが怖い

ライト・ミルズさんは、彼の著作「ホワイト・カラー」(日本語訳は東京創元社;今は絶版かな)の中で、新中間層について「小成に甘んじて、つつましく生活し、実際には社会の最下位にあるかもしれないが、自分では中流階級につもりで満足している」といっています。日本にも「一億総中流の時代」というのがありましたが、考えてみれば「総中流」というのもおかしな言いまわしで、一億がみんなで「中」っていうのは「上」と「下」がいないということになってしまいます。

下図は以前にも一回引用したことがあるものですが、これはあえて100人でランダムに抽出された生徒さんに同じ試験を受けてもらった結果をグラフ化したものです。明らかにベスト16ぐらいの生徒さんの得点が飛び抜けていて、あとはどんぐりの背比べ。あえていえばビリから16人くらいの成績がちょっと低いかといった感じです。

heikin1注目すべきは「平均点」が「ビリとトップの真ん中」にあるんじゃんくて、限りなく「ビリ」に近いということです。これはある学校(この例は予備校なんですが)に特筆的なことではなく、テストをやれば、こんな分布になるし、所得の高低分布もこんな感じになるものです。ミルズさん曰くの「実際には社会の最下位にあるかもしれないが、自分では中流階級につもりで満足している」を裏ずけている感じがします。

そして自営力を奪われた労働者が給与所得者だとすると、状況はかなり悲惨だなぁと思います。

社会人として自立したと思っていたら、実は会社に「自立のために必要な手脚」は奪われ、中流だと思っていたら下流だったと…

三浦展さんが「下流社会」という著作を発表されたときは、中流がワンランク下に落ちるイメージでしたが、ホントは、もともと下流で、そこに配分されるお金が「これからは減る」という意味だったんだんですね。でもね、仕事をするのに投資も経費も必要ないっていう感覚が自分の中で常識なら、社畜と呼ばれようが、非正規にされようが、会社にすがるしかないんですよね。

でも、資金力もないし、何より、そういうこと(仕事のために身銭を切るということ)が怖いんだから仕方がありません。

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