気心が知れた

各人の実力より「気心が知れた」を優先する。何か新しいことを始めようとするとき「気心が知れた人」から、まず「人を紹介してもらう」ことから始めようとする…
こうやって、安心だからと「気心が知れた」人脈の中だけを歩いていこうとすると、簡単に観音様の手のひらの上を飛んでいる孫悟空になってしまいます。「井の中の蛙大海を知らず」というわけです。
しかも「気心が知れた」人々のコミュニティは「気心が知れた」人たちだけというわけですから、様々な人たちがいるはずの世間からは孤立して少数なはずです。仮に、このコミュニティが政治的な行政を左右できるような発言力を持っていたとしても「気心が知れた人たちだけ」という少数であることにはかわりがありません。

インターネットなどがなかった時代には「サイレント・マジョリティ」はまさに「サイレント・マジョリティ」でしたから、独裁者の自由度も高かったでしょう。でも、今は、彼らが少数であることが可視化できるし、国境の向こう側からも民主的な応援団が登場し、それが国際的な世論を書きたてることもあります。

いずれにせよ、この5〜10年ほどを同じメンバーで過ごし、やっていることも可もなく不可もなくという感じなら、その寄ったりは「気心が知れた」人たちだけのコミュニティになってしまっていて、世間から孤立してしまっている可能性が高い…

何か目先の変わったことにチャレンジしているようでも、それが同じような顔ぶれで行われているものなら、たぶん、気をつけたほうがいいですね。

政府レベルの大きな話しだけじゃなくて、自治体やもっと小さな地域活動レベルの話でも、構図としては同じです。

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