「気心が知れた人」だけで固まってしまうということ

1990年から3期12年の間横浜市長の座にあった高秀秀信さんが4期目を目指して2002年の市長選挙に立候補しました。自民党、民主党、公明党、社民党、保守党と共産党以外の野党はナシのオール与党体制。さらに「連合」からも推薦を受けて、負けるわけがない選挙でした。
実際、横浜18行政区のうち12区で対立候補の得票を上回っていたのに、でも、彼は落選しました。

つまり「オール与党体制+連合」といっても横浜の全有権者にとっては少数だったということです。共産党さんも独自候補を立てていましたが、得票は当選候補に遠く及びませんでした。故に、そのあたりも含めての少数だったのだと思います。

そして、この少数の息がかかっていない人。特に横浜市政から置いてけぼりを食っていたような「郊外の住宅地」に暮らしていた人々が多数だったということなのだと思います。しかも、びっくるすりほど投票率が高かったわけではありませんでしたから「オール与党体制+連合+共産党」がよっぽど少数だったということです。

でも、また当選した改革派が「気心が知れた人たち」だけで市政改革を行おうとしたら、見事に頓挫です。
彼らに投票してくれた人たちを(横浜市に)残して、今や市役所の中に彼らがいた形跡はほとんど残っていません。

選挙の最中は多くの人々とつながっていた対立候補も市役所の中に入ったとたん「気心が知れた人」だけで固まってしまったのでしょう。

(市役所の中に入っても彼らに投票してくれた多くの人たちとつながっていられたらよかったのですが)

「気心が知れた人」だけで固まってしまうというのはそういうことなんだと思います。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中