どこから来てどこへ行くのか

「時代が変わる」とは価値観が変わる、だから常識が変わるということなんだと思います。

2025年。インドの人口は中国のそれを上回り、「一人っ子政策」の中国が急速に高齢化するのとは対照的に、インドの高齢化の進展は緩やか。つまり15歳~64歳の生産年齢人口の比率が長期的に拡大していくことを意味し、今後も豊富な労働力が供給され続け、その存在感が増大していくと考えられる…というのは、これからも工業生産時代が続き、大量生産・大量消費の時代が続くと仮定してのことです。
でも、雛形になる情報を多くの人数で複写すれば、それだけお金になる工業生産時代とは違って、情報生産時代になれば人口の多さによって経済的な優位に立てるわけではなく、高齢化ともなれば人口の多さが返って仇となる可能性もあります(いたずらな福祉の切り捨ては、国際的な世論の攻撃目標にされてしまうでしょうし)。

中国の「爆買」は、パリのブランド・ブティックが日本人客でごったがえした時代があったことと重なります。

どこの国でも、民主化→高度成長期→バブル→工場の海外流出→少子高齢化と工業生産時代の終焉という道程を辿るようですが、そのスパンは後進の国へ行くほど短くなっているように思います。

さて、インドの2025年以降が、まだマスプロな感じで安泰なのか。
工場の海外流出だけじゃなくて、ロボットの汎用も国情の安定には波風をたてるでしょう。

さぁ…

僕たちはどこから来てどこへ行くのか。

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