これから

最近、思うのですが
先進国かどうかを国家の経済力で量ることは間違いなんじゃないかと思います。その国が「先進」かどうかっていうことは、その国に暮らす人々がどれだけ自立しているか、大人かどうかということに拠るんだと思うんです。
というわけで、自分の人生を政府の指針に任せ、世間に倣い、近隣の「公」を自治体に任せきりという人々が大半を占めていれば、その国がいくら経済大国でも先進国とはいえない…そう思います。

今は、テレビのニュースワイドを観ていても、問題の洗い出しばかりで、問題の解決は「行政の仕事」といわんばかりの論調のものがほとんどです。

でも、なんとなく時代の趨勢で、マンションの一室を旅行者の宿泊に貸すような民泊などの事業がそこそこ目につくようになり、一方、民間人の「地域おこし協力隊員」となって、お役所仕事に駆り出されるようになると、「公」は、お役所の専権事項ではなくなっていきます。リサイクルの現場に町内会の役員が担ぎ出されることも、この流れに沿ったことです。

この向こうに「私立の公共」があり、市民や国民の自立があります。

沖縄には「私立の公共」の鑑みたいな事業がたくさんあります。それは「戦前」をすべて破壊された上で占領地となり、返還後も政府からは「打ち捨てられた辺境」として長い時間を過ごし、それ故に生活利便系の企業進出も遅れ、故に、そこに暮らすみなさんがセルフサービスを余儀なくされてきたからなんだと思います。

これから、この国はハイ・カルチャーなほんの一部の地域を除いて、そとんどすべての市町村が沖縄のような状況に置かれます。でも、最近は、それこそが自立のチャンスなのかもしれないと、プラス思考で考えるようになりました。

何事も腰は重く、必要に迫られなければ「机上」に終始するものです。

沖縄の事例に奇跡を感じるのは、まだ政府や自治体という「ゆりかご」に、すやすやと寝ていることができるからでしょう。

たぶん、これからです。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中