箱舟を組み立てること

僕も「団塊の世代」と呼ばれる世代のみなさんには思うところはあります。
個性というより同世代間での共通性の方が強くて、故に「世代」で語りやすいところもあると、今もそう思っています。

ただ、それだけ同世代の共通性の方が強いということは、学校教育に従順だったのかなとも思います。「学校」が絶対だったんでしょう。「『私』を解放したい。思い通りにしたい」という欲求が強いということも、その学校教育の締め付けが強かったことの現れだったんでしょう。

哀れだなと思います。

そして、子どもの頃から「自律的な自治」は知らず知らずに制限されていたんでしょう。まるで「調整力」がなく、ただただ「自己主張」を争わせるだけ。曲げないことが美学だと思っている…それ故、すぐに群雄割拠で血で血を洗う内ゲバです。あらかじめ自立を奪われた世代でもあり、そして全体からは「団塊の世代」全体が孤立するという宿命を負った世代でもあります。

たったの3年間で800万人以上も出生し、マス・カルチャーも企業戦略に則って「彼らという市場」を中心に数々のライフスタイル提案を行って戦後のマス・カルチャーは彼らを洗脳するようににデザインされ、発信されてきました。そして、その時代が長かったが故に彼らより「年下の世代」にも「団塊の世代的」は増殖していきました。もちろん、学校教育も「個性」をいじめで潰しても工業生産型を押し通してきました。

つまり、団塊の世代の「年下の世代」にも、仕組みには従順で自己主張は強い人々はたくさんいます。

野党勢力が結集できないのも、こうした中で育ってきた人たちが妙齢になってきたからでしょう。優秀な部品にはなれるが、群雄をまとめて天下統一する徳川家康は現出しない…

近未来の安寧を考えるのなら、この現状に「改革を」と努力するのではなく、この現状に即して諦めるべきです。そして、箱舟を組み立てること。信頼できるともだちや仲間たちと箱舟を作ることです。

ただ、それが可能になるのは自分が変わり者という自覚がある人だけかもしれませんね。
ずいぶん、そこを離れる人も多くなってはきましたが、まだまだ、この国ではマス・カルチャーで学校教育な時代は続いていますからね。

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