あとのことは知らない

中華街にしても「中華」に特化すれば多様性は失われるということです。
幸いにも、大陸系、台湾系、新華僑といった「啀み合い」がありますから、ぎりぎり「翼賛体制」にはならずに済んでいますが「噛めば噛むほど味が出る」的な魅力はずいぶん失われてしまいました。

結局、中華街も「場所性よりは空間性」でした。楼門つくって、関帝廟を直して、媽祖廟をつくってと、わかりやすい「空間性」に特化しながら、品数勝負のコース料理。1980年代末のバブル期以降ずっとそうでしたから、美味しかったお店ほどなくなり、面白いお店、人物こそ消えてゆきました。

あそこで軽く1週間は遊べたんですがね。

あの街に今も(たぶん今も)写真専門ではちょっと先駆け的であり、全国区的プライムがあるギャラリーがあることを、あの街の商店会の幹部こそ知らないでしょう。

そんなもんです。

イベントを含めて目に見える中華なイメージを我田引水に積み上げていく…あとのことは知らない。そうしたら、やっぱりいい客ほど逃げていきます。

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