どうやって、この災禍から身を守るか

1944年11月下旬といえば、あと9ヶ月ほどで敗戦という時期です。もう敗色は濃厚ですし、戦艦大和型の大型戦艦を空母に設計変更しても、海上に大きな練習用の「的」を浮かべるようなものだったでしょう。もう日本近海を米潜水艦がうようよしていました。
事実、この戦艦(空母 信濃)は未完成のまま、一回の実戦経験もなく、回航中のところ潮岬沖48Kmのところで、一隻のアメリカ軍潜水艦の魚雷攻撃を受けて沈没します。

もちろん、犠牲になった方はおられます。

戦艦大和の三番艦ですから安い買い物ではありません。たくさんの税金や公債費など国民のお金が使われています。現在を生きる僕らはなぜ、この時期に建造を続けたのかと思います。でも、事実、建造は続けられたのです。考えてみれば戦艦大和だって、飛行機を中心とした機動作戦で大成功を収めた真珠湾攻撃の後の就役です。

うすうすダメだとは思っているが、いろいろな「しがらみ」があって止められない…その「止めらない」理由のためにいたずらな楽観論に走る…果ては「神風」が吹いて一発逆転です。

今も、その体質は変わっていないでしょう。これからJR東神奈川駅の先の埋め地に49階建てのタワーマンション3本と聞くと、そうやってヨコハマを諦めたくなります。

さて…

どうやって、この災禍から身を守るか。やっぱり疎開でしょうか。

じっと手を見る、です。

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