生活というドキュメント

とあるフォークソング・コンテストで、吉田拓郎さんが「土地に柵するバカがいる」と唄ったのは1966年のことです。
もとより国境は人間が、人間の頭の中に描いたフィクション。それ故に小動物も微生物も、そこを軽々とまたいで往来していきます。

朝鮮半島では38度線の緩衝地帯が手つかずの自然の楽園になっています。このことが、僕らが命がけで取り組むフィクションの空虚さを物語っています。

自分の頭の中にイメージしたフィクションを現実にして喜ぶのはもうやめにしましょう。
現実とはいっても、それは映画セットの書き割りのようなもの。そんなもののために僕らは命をかけさせられる…

富士登山というフィクションを加えずとも、この大都会を照らす朝日も美しいものです。でも、僕らは朝寝坊して、その美しさを見逃しているだけなのに、富士のご来光だけに特別の美を見出したりもします。

東京に数多く残る富士見坂から、今はほとんど富士山は見えません。そして、自らの生活圏から自ら富士山を奪った僕らが富士登山を目指しています。

新しい夢の実現することを目指すより、自分の生活というドキュメントに愛しさや美しさを見出すこと。

21世紀は、その向こうにあります。

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