文化の実力

21世紀を生きている僕らが持っている科学技術。特に技術についてはエジプトにファラオがいた頃のそれからはずいぶんと飛躍的に進歩しているのでしょう。でも、僕らの現状の文化の実力はどうなのかなと思うことがあります。

PN2011012401000869.-.-.CI0003写真は、かの「アフェルティティの胸像」です。彼女は新王国第18王朝のファラオ=アメンホテプ4世の正妃。トトメスが紀元前1345年に制作したものといわれています。あまりの完成度に今もインカのクリスタル・スカルのように「後世の捏造」説が絶えないくらいですが、これが捏造だとしても、この胸像に匹敵する傑作は他にもあり、その全てを「捏造」とするには無理があるように思います。
僕は、この胸像に捏造説が絶えないのは、3千年以上を経過して、僕らの文化力がそう大して進化も進歩もしていないことが、暗に受け止められないからなんだろうと思っています。
「アフェルティティの胸像」の胸像よりさらに時代を遡った地中海文明の彫刻や絵画にもすばらしい作品はたくさんあります。それはそれはすばらしいもので、ただ技巧に走ったというより豊かな精神性を感じるものばかりです。

ぐっと後世のことになりますが、わが国の飛鳥文化や白鳳文化の彫像たちにも(ご承知のように)現代を生きる僕らには創り出せない優美さをたたえています。

僕の友人に木彫をやっている造り手がいますが、今、白鳳仏などの修復に当たっている彼は、自分の腕では、一からあのような彫像を作り出すことはできないとつくづくそう言います。彼が自分の創作を止めて修復の道に入ったのは、院生だった頃、あるお寺の許可を得て実際の仏像を目の前に「模写」をして、1千年以上前の仏師たちの腕前に一生かかっても歯がたたないんじゃないかと思ったことに拠ります。

猿人だった僕らは木の枝や動物の骨などを武器に争いごとをしていたのでしょう。それが今やミサイルになり無人攻撃機になっても、21世紀を生きる僕らはやっぱり争いごとをしています。しかも武器だけを発達させたおかげで、その争いごとは猿人だった僕らより悲惨で、より凄惨な結果をもたらします。

僕らは進化したのか。それとも退化していっているのか…

トトメスが現状の僕らをみたらなんて言うのかな。何かを聞き出す前に泣き崩れてしまうかもしれませんけれど。

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