久隅守景

「達筆」をいうと、本来「文字を上手に書くこと」なんでしょうが、久隅守景の描いた絵を観ていると、その熟達した筆運びに、思わず「達筆」という言葉をイメージしてしまいます。まさに狩野派…というより探幽そのものといってもいい筆運びに、あの頃のこの国に二人といない名人だったでしょう。

でも「美」についての考え方がまるで違っていた…

あの頃のハイカルチャーが「醜いもの」「衆愚」とした庶民の姿にこそ、久隅守景は「美」を見出しました。まだ17世紀。赤穂浪士が討ち入りをしようかという時代の人です。19世紀、フランス印象派の画家たちは庶民生活に「美」を見出そうとしました。でも彼らに大きな影響を与えた北斎や広重よりも、守景はゆうに100年以上「以前」に生まれた存在でした。当時の絵師、特に探幽のような御用絵師は、大名たちの威厳を演出するためのイリュージョンを生み出す力量で尊ばれていました。だから、鷹狩の供をする者が藁束の上に腰掛けてあくびをしていてはいけないのです。鷹狩に参加する全員が、殿様の号令一下、合戦さながら勇猛に鷹を追わなければならないのです。

探幽よりも探幽のような筆致で、「衆愚」を愛おしく、美しく描かれては、狩野派もたまらなかったのでしょう。久隅守景を狩野派随一の高弟にはしておけなかったのだと思います。

恐らくは、彼が糊口をしのぐために描いたと思われる個人蔵の「軸画」に、軽やかでいいものがたくさんあります。

残念ながら一番の傑作とされる「納涼図屏風」は11月3日までの展示でしたが、第2期展もまっすぐに当時の庶民を見つめた久隅守景を観ることができます。

逆境の絵師 久隅守景 親しきものへのまなざし」展は
東京ミッドタウン3階 サントリー美術館で2015年11月29日(日曜日)まで

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