自 衛

25年以上、お役人や、公共団体の職員と付き合ってきて、一応は大学院で公共施策を学んで思うことは、日本のお役所は「役所が定義する『ごくごくフツウのライフスタイルを持つ市民や国民』を「平時」に限ってケアする」で、技量・力量、時間的にも手一杯なんだろうということです。
この状況は少なくとも僕が生きている間に改善されるとは思えません。むしろ、技量・力量については一時よりかなり劣化させてきていると思っています。

そういうわけで、最近の僕は、そういう改善を願って選挙に行くことはありません。選挙権というものの保持と、国政レベルの外交、経済施策などを鑑みて投票に行きます。
その上で「私立の公共施策」をお勧めし、自分でも実験事業を始めようとしています。

特に「変わり者」は「役所が定義する『ごくごくフツウのライフスタイルを持つ』者」ではありませんから、もともと行政による公共施策が及びにくい存在です。それなのに、今は役所が定義する『ごくごくフツウのライフスタイルを持つ市民や国民』でさえ、施策の恩恵を受けにくくなっている時代です(例えば「子育て」や「介護」の問題など)。

都市に孤立的に生きている「おひとりさま」や「おふたりさま」は、現状、じゅうぶんに「変わり者」。お役所のいう標準世帯的なご家族でも「自営」ともなればじゅうぶんに「変わり者」。そして、これ、いわゆる「非正規雇用」という人たちが加わります。僕は、怒ってもなだめても、こうした「変わり者」たちに行政の手は回ってこないだろうと思っています。だから「自衛」を考えておかなければならないと思っています。
誰にとっても、1日は24時間しかありません。それなのに、本来「お役所がやるべき仕事」を自前で再構築。生半なことではりません。

でも、東日本大震災の復興施策のデザイン、そのスピード。安倍政権の失策もありますが、現地のお役人の力量、員数の問題もあるでしょう。大水害を巡っての常総市役所や茨城県庁の対応はもっと判りやすい事例でしたし、そもそも市役所の建物自体が水害に遭うところにあるという無防備さです。

時代の転換期にあって、日常生活そのものが平時とはいえなくなってきている状況です。
特に、自分が「役所が定義する『ごくごくフツウのライフスタイルを持つ市民や国民』」ではないと自覚する人はなんらかの自衛手段を講ずべきです。

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