ボートに乗り換えましょう

「少しでもお役に立てれば」という一言。日本らしい謙譲表現なら美しいんでしょうが、往々にして「少しでも」が免罪符になっちゃってることも少なくはないんだと思います。
「少しでも」を入れておけば、当面はっきりした効果を出せない事業を行っても否定はしにくい…でも、これからはホントに少ししか役に立たないのなら「止める」ということになるのだと思います。

すでに「民間」の事業はそうでしょうが、なんの営業努力をしなくても法的に税収という収入が確保されている政府や自治体も、すでに借金だらけで、少子高齢化、故に実質的な経済成長が止まり、しかも団塊の世代の本格的な高齢化はこれからなのに対策もこれから。実効性がよくわからないものを挙行するゆとりはなくなります。明らかに必要性が認めらえれる事業でなければ、それが地域振興施策でさえ厳しい批判に晒される…「イベントやってた2日間だけ来街者が増加した」では許されないでしょう。誰が許さないって「予算」が許さなくなるのだと思います。

ホントは将来のレガシーになるものは当面の実効性がなくとも挙行すべきですが、現在の民主主義はそれを判断する度量も力量も持ちわせてはいません。
良くも悪くも「明日の結果」に終始する…

かつて「ゆとり」があった時代にはそれを濫用してきた報いでしょう。

ちゃんとしたレガシーが残されていれば「貧困児童」などという言葉ができようはずもなく、情報生産時代になっても高度な教育を受けるには金がかかり、オリンピックまではと巨大な土木事業は続き、再開発事業も各地で続いています。

また将来のレガシーを食いつぶす。子どもたちに「ツケ」は残す。そして支払ったはずの税金だけがなくなっている。

この船が沈まぬわけはありません。

ボートに乗り換えましょう。そして、大海原に漕ぎ出す勇気を持ちましょう。
救命胴衣を身につけるだけでは不十分です。

そして、ボートは一人では漕げない大きさであることも忘れないように。
一方「船頭多くして、船、山を登る」の格言も忘れないように。

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