後悔先に立たず

一応、再開発事業というものを四半世紀以上は間近に観てきて(ときにはコミットしながら)、今ヨコハマの都心部で進められている再開発事業、その「絵図」には無理を感じずにはいられないものばかりです。
どこに需要があるんだという大きな箱を計画し、道路や街路のつじつま合わせのために既存の道路まで作り変えようとし、でも肝心の流動はそれでも確保できず、決定に時間を食ってしまって、その再開発の流れに乗ろうとしていた周辺地区はどんどん腐っている。市庁舎の移転も無理でしょう。事業計画そのものに無理があります(湯水のごとく税金投入というなら話しは別ですが)。

1997年事業計画決定した横浜市戸塚駅西口再開発の総事業費は約1313億円。そのうち約853億を補助金などでまかない、残りの約460億円を保留床でねん出するという計画でした。もちろん横浜市役所は「責任を持ってキーテナントを連れてくる」と約束していましたが、打診した16社の内、14社から断られ、賃貸なら入ってもいいという2社も、大きく採算割れする安い家賃が、その条件でした。、横浜市役所は、すでに先行買収で約200億円つぎ込んでいましたが、出した結論は「期限を示さずに事業スケジュールを延期する」というもの。それなら永遠に「失敗だった」という結論は出ませんから、責任者が明確になるということもないというわけです。

再開発事業というもの、絵図を仕上げるだけでも、とても長い時間がかかります。一方、横浜市役所の担当者は2〜3年で異動になります。

つまり、この間を「大過無く」それでいて「事業は前進している」「問題は解決している」ように仕事をすればいいわけです。しかも、今や「横浜市役所の内部事情」には詳しくても都市計画や公共政策に専門的な知識を持つ職員の方はほとんどいない…たぶん、担当者ご自身が大会の中で自分を見失い、次の会議の準備をするだけでやっとという状態でしょう。そしてロシアン・ルーレットでもやっているように、自分の在任期間に何かが起こらないかと震えているのだと思います。

振り返ると、今も僕が生まれた頃の市長さんだった飛鳥田さんと、彼のブレーンだったスタッフのみなさんがつくった都市計画がヨコハマを支えています。逆に言えば、その後にヨコハマという都市のグランドデザインが描ける人は横浜市役所には一人もいなかったということでもあります。
さすがに僕が生まれた頃のプランに少子高齢化や情報化などは読み込まれていません。また1980年代末から90年代の初頭には、経済を優先したり、無駄遣いをして飛鳥田さんたちのプランを傷つけてもしまっています。

各地で「先送り」が行われているうちに矛盾は溜まりに溜まって収拾がつかなくなり、誰も手がつけられなくなるまでに10年と時間はかからないでしょう。特に今、問題を抱えている再開発事業は、飛鳥田さんたちの念頭には全くなかったものです。

そして、問題としては現状さえ把握されていない「都心のマンションの空き部屋問題」が現状に作用するようになり、郊外の住宅地では空き家問題もいよいよ表面化してくる。道路の補修にはなかなか手が回らなくなり、ゴミ収集場も廃止が続き、収集の回数も減っていく。もちろん少子高齢化で税収は減収の一途で高齢者福祉にかかる経費は増大の一途です。

こんな流れを変えるためには長い時間を要します。即効、足跡は無理です。つまり沈みかけた船を「これから」どうにかすることはできないということです。
僕らは、これから、1980年代から90年代にかけての短慮をまざまざと見せつけられることになるでしょう。

「後悔先に立たず」というわけです。

※ 横浜市戸塚駅西口再開発についてのデータは、岩見良太郎さんの著作『「場所」と「場」のまちづくりを歩く イギリス篇・日本篇」(麗澤大学出版会 2004年)から。

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