悪いことばかりではない

じょじょにか、加速度的にか、「集団的な共同責任」の時代は終わり、個人の責任が鮮明にされる時代が来ます。誰かの功績を「みんな」のものにしておくこともできなくなるし、何か問題が起こって、その責任を「みんな」で薄めてしまうこともできなくなります。
ただ会議に出ていただけなのに「参画していた」ということもできなくなるし、巨大なスーパーでさえ誰が打ったレジでいくら釣銭を間違えたのかも、全部、記録が残るようになります。

もちろん、まだ「みんな」に包まれていたい人情はわからなくはありませんが、これは時代の趨勢です。「みんな」に包まれていたいと「村」に留まっていても、その「村」が沈んでいきます。

でも考えてみてください。裸の個人にされるのも怖いですが、村の衆の「物言わぬ掟」にビクビクしながら生きていくのも気苦労なものです。

そう簡単に告げ口や陰口がなくなるとは思いませんが、情報生産時代ともなると「掛け替えのない個人」こそが生産力ですから、一糸乱れぬ集団であることが生産力になっていた時代に比較すれば、はるかに告げ口や陰口は効かなくなるでしょう。

どっちにしたってストレス社会ですが、悪いことばっかりじゃぁありません。

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