多様性/均一

さまざまな職種に及び技能職や大工さんたちだけでなく、お米を運ぶ船に巣食う鼠を捕まえては毛皮をとって筆職人に納めるという専門職もいたし、クズ紙を集めて分別してはリサイクルするという専門職もいたし、家庭から出る「灰」を集めてリサイクル、農業用の肥料、清酒の濾過などに使うために売買する「灰市」もあった…
江戸時代は、さまざまな専門職がいて、それぞれがそれなりに生計を立ていたし、川を上る船を引く人足さんたちや、坂下で荷車をあげるのを手伝う「合力」さんや農繁期に農作業を手伝うという人々もいました。

現在よりも就業の間口は圧倒的に広い…
なでもかんでもマニュアルレーバーにして、cafeの店員をするのと、居酒屋の店員さんと、ファッションを扱うお店の店員さんの仕事を均一化し、その中に入れなければ生活保護みたいな社会とどちらが豊かなのか。僕らは改善したのか、改悪したのか。進化したのか、退化したのか…

僕が仕事をし始めたのは1980年代のことですが、現在に至る30年ほどの間に、さまざまな「職種」が無くなっていきました。例えば、印刷物をつくるにも、デザイナーさんやら写植屋さんなどさまざまな職種の人がいて、その間をつなぐ営業さんもいました。今は、自分でデータをつくってインターネットで発注をかけると、数日で「モノ」が納品されてくる状況です。クライアントさんに「より安く」を追及されると、こういう結果になります。しかも、営業さんの誤解もないので、作業上のストレスも減ってしまう…

でも職業の間口は減る。圧倒的に減ってしまうわけです。そして、今、取りざたされているのは「ベーシック・インカム」。政府が国民の収入を補償してしまえという考え方。この方向を行って、僕らや僕らの社会は豊かになるのでしょうか。

苦しくても「技能の習得」を目指す若者が急増していることが何かを暗示しているように思います。

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