生き方

後ろ指を刺されたくなければ「フツウ」という匿名性に紛れているしかない。失敗せず納めても貶す人はいて、パーフェクトな成功などを収めれば、今度は嫉妬を買います。たぶん、こういうことを学校あたりで学習して、多くの人は「フツウ」という匿名性の中に姿を隠す…仕事上でもプライベートでも、できるだけ「フツウ」に紛れて暮らします。
しかし、邦人のための工場生産の現場が激減し、マニュアル・レーバーが減れば「フツウ」の存立自体が危うくなります。でも、急激な方向転換は「フツウ」という生き方を選んできた人にこそ難しい。

たいていは従来のまま、おろおろするばかりです。

映画「大学を出たというけれど」は小津安二郎監督の作品。1929(昭和4)年の公開になります。当時の大卒者の就職率は30%前後。大正期の好景気に人口も増加し、大学に行けるものも増え、つまりは「余剰」になる。そこをケインズ理論的に国家予算でまかなおうとして軍備は増強。そして、中国大陸に進出して権益を増やして乗り切ろうとする。国勢に合わせて、みんなで我慢しましょうというのでなければ、当時としては「戦争」は有効な手段だったのでしょう。ナチスのとった経済政策もこれに似ています。
実際に、戦争が国家的な就労福祉を担保することもあるわけです。戦争があれば「これまでどおり」を続けることができる…見たくはない現実ですが、絵空事ではありません。

明らかに工業生産時代が終わろうとしている時代に、僕らはどうするのか。自分のせいでもないのに…苦労を背負えるか。

「反戦」は唱えるものではなく、戦争を起こさせないライフスタイルに自らを変革することができるかどうか。つまり「生き方」なんです。

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