みんなフツウの人

後ろ指を刺されたくなければ「フツウ」という匿名性に紛れているしかないわけです。何かをすれば、褒めてくれる人もいれば貶す人もいる。失敗すれば貶す人が多くなるだけの話で、パーフェクトな成功を収めれば、今度は嫉妬を買います。

後継者っていうのは、あらかじめ「フツウという匿名性に紛れている」権利が奪われた人でもあります。気の毒といえば気の毒ですが、その立場を全うしている限りは食いっぱぐれなく生きていけます。今どきは就活せずに生きていけるだけで、羨ましがられる人には羨ましがられるでしょう。
それから、お役人もね。本人たちは「ただのサラリーマン」って思いたがりますが(だから市長さんのことを「うちの社長」なんて言いいますね)、(自分の人件費を含めて)公金の執行を左右できる人である限りは「フツウという匿名性に紛れている」わけにはいかない職種です。

でも、街場の後継者もお役人も、自分をフツウの人だと思おうとしていますね。だから責任逃れのような「みんな」を好むし、上手くいった事例には針小棒大に「自分も参画していた」といいます。そして「後ろ指をさされる」のを恐れる…

僕は、このことが世の中の硬直感につながっているように思います。だって無意識のうちにリーダー不在で、みんなフツウの人になっちゃったわけですからね

(後継者やお役人だけじゃなく、おしなべて、みんな目立つのを嫌うようになりましたしね)。

誰も突破者になるリスクは負わない。精神的にも「負うこと」ができない。

こういう時代に、こうなっちゃうと大変ですが、事実、そんなに間違った観測でもないように思います。

とにかく、自分で行ける人は行きましょう。付き合ってたり、待っていたら、大変に巻き込まれます。

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