つまり、落ち着ける町

それなりに立派な高層マンション。「それなり」であるが故に管理事務所の陣容も厚く、完全事務方、保守点検、警備、フロントそれぞれにひとがいて、それぞれの守備範囲があり、たったひとつの「お願いゴト」を巡って、それぞれのお立場からのみ、ものを言い、たらい回しも朝飯前。すでにまちづくり協定に調印した開発者は、このマンションにはおらず、区分地所有な800世帯の共同所有。彼らは「まちづくり協定」など上の空、自分のマンションの資産価値だけに興味がある…結局、管理事務所に判断を仰ぐしかない…でも、決定権を持っているのは管理組合、会議にかけてねとお願いしても「ああ忘れちゃった」で、また半年…

そんな感じ。

もとよりお役所はそんな感じだし、マニュアル・レーバー的な部門は上場企業でもそう。街場な企業はもっとそう。つまり、シテマチックに管理されてる都市社会のほとんど全てがそう。

この都市が、この変化の速い時代に晒されたらどうなるのか…

今は「ギルガメッシュ叙事詩」でいえば、ウバルトゥトゥの子、シュルッパクの人に「お告げ」があったあたりの時節にあたるのかな。そう長くは保たないと思います。

たぶん、大都市とは関係性の薄い手づくりのコミュニティで動いている町や村には、そんなに災禍も及ばないのではないでしょう。そして、あの頃、戦乱の京をあとにした雅な人たちが地方に散って、あちこちに「小京都」をつくっていったように、山間の村や海辺の小さな町が面白くなっていくのかもしれません。

何しろ、情報生産時代でインターネットもあります。等身大で風通しが良くて、つまり落ち着ける町が隆盛になっていくでしょう。
お金も情報生産者についていくようになりますからね。今は病院がなくても大丈夫だと思います。

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