知らず識らずのうちに

「いえいえ、そなこと。わざわざ貴方がする必要はありません。どうぞ、私におまかせください」という高度サービス社会は、愚民化政策の賜物でもあります。

自分の生活を支えるだけにやらなければならないことのたいはんを他人任せにしていたら、そりゃ、楽かもしれませんが、自分の人生の主導権を、その「他人」に奪われてしまいます。道理です。

安倍さんのおじいちゃんが設計した、かつての満州国は、当時の本土以上に生活利便が整い、日本人であればたいていの家で女中さんや下男を雇えるくらいだったといいます。
これをそっくりそのまま日本本土で行おうとしたのが、安倍さんのおじいちゃんや、そのじいちゃんの弟さんが活躍した頃の「戦後の高度成長期」ともいえます。まずは「冷蔵庫/洗濯機/テレビ(=三種の神器)」の普及で、その次が「クーラー/マイカー/カラーテレビ(=3C)」。「楽チン」の普及です。そして、1970年代の後半からは「マイホーム」の普及。それが行き渡り始めると、その次がダスキン的サービスと、人々の所有欲と「楽したい」を上手にくすぐりながら、海外旅行を含むレジャーとイベントを隆盛にしていきました。

まるで、古代ローマの詩人ユウェナリスがローマ社会を揶揄していった「パンとサーカス」。つまり、ローマ市民が、権力者から無償で与えられる「パン(=食糧)」と「サーカス(=娯楽)」によって政治的な盲目になっているという指摘。それとそっくりなことが20世紀も半ばから終わりといったところでも生きていたようにも思えます。

問題なのは「パンとサーカス」な状況に置かれている僕らに、僕らがあまりに無頓着であることです。

他人任せにすれば、その部分の能力は他人に奪われる。任せる部分が多ければ多いほど自分は自活力を失う…

そのことに無査証な僕らは、知らず識らずのうちに自分の人生を奪われている。

僕は「じっと手を見る」だな。

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