面白い時代ほど

押さえておきたいのは、戦国時代の始まりが1467年の応仁の乱の頃か1493年の明応の政変の頃だとすると、織田信長が室町幕府を倒壊させる(これもあくまでも「事実上」であって、名目上はさらに存続します)1573年まで、つまり100年くらいは群雄割拠の時代にも中央政府はあったということです。

ピタッと戦国時代になったのではなく、弱体化しながらも中央政府は存続していた。
でも、さっぱりあてにならないから「民」によるセルフサービスが始まり、それが巷の実力者たちに集約し、さらに彼らが連合して戦国大名になっていく。だから戦国大名としてアカウンタビリティを獲得していく者はみな民生が上手いわけです。

だから、自民党や民主党がつくる政府はこれからもあるのでしょう。でも、それはあのときの室町幕府みたいなもので、あてにはならないが税金だけは取り続け、これもあののように各地の自治体はガタガタになり、僕らは仕方なく図太くなって戦国の世を生きて、新しい社会の形(秩序)を生んでいくんでしょう。

(あの頃を振り返ってみると…)

なかには一つの村が独立共和国みたいになったところもあるし、お寺や神社を中心にしたところもあるし、海を制して独立性を保ったところもあるし、伊賀の忍者のように山に生きた人々もいた。もちろん、京都の町衆や泉州堺がそうだったように、商人が仕切り手になったところもあれば、鉄砲鍛冶の共和国もあった…

とにかく、それぞれに「潰されないだけの技や交渉力」を以ってセルフ・サービスです。

そんな試みが集約して初の戦国大名になったのは北条早雲だと言われていますが、僕はそこまで生きていないでしょう。

さて…

藤吉郎ばかりでなく、徳川家の前身の松平家の始祖は三河に流れ着いた遊行僧。織田信長の家ももともとは越前の神官。それが熱田神宮と結びついて尾張に定着し、信長のお父さんが金融経済に明るく天下布武の礎を作ります。

秩序が崩れるのだから、才ある個人には面白い時代でしょう。

まぁ、面白い時代ほど、市井は命がけというわけです。

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