しかももとの水にあらず

この国の人はなぜか「白黒」をつけたがりません。そのことによって「責任者」は明確になりにくくなりましたが、殲滅戦は避けられる…
戦闘も泥沼化しにくい…
今となっては、はっきりわかりませんが、長い歴史が育んできた「正解」だったのでしょう。

戦国時代でさえ、多くの場合、わざと囲みにスキをつくって城攻めしたり、天井に墨でバツをかいて「焼き討ち」したことにしていたそうです。
そういうわけで、安国寺恵瓊だけでなく、僧はネゴシエイターとして各地で活躍していたようです。

ただ、戦後70年。アメリカ化の影響で、この国の人々の気質は少し様変わりしました。
そのことが、また良いことも悪いことも生んでいくのでしょう。

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」です。

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