今のヨコハマは殺伐としている

「空間」は、建物だったり、パブリック・アートやストリート・ファニチャーなんかで演出されている街路だったり…つまり目で見て触れることができる環境。都市にあっては多くの場合、人工的な器物です。一方「場所」は、その空間に宿る「自分の思い」です。引っ越したばかりの家は空間で、それ故に住み心地地には違和感がありますが、住む人にとってじょじょに「場所」化して、その空間に「強い愛着」を生み出します。だから、僕がふいに思い立って出かけてていった姫路城と、代々を姫路で暮らしてきた人の姫路城は、「空間」としては同じでも「場所」としてはぜんぜん違ったものになります。

「場所」は個人の思い入れによります。ですから「空間」はひとつでも「場所」はいろいろです。でも、多くの人の「場所」を集める「空間」があります。例えば昨今の「高尾山」などがそうです。訪れる人の思いはそれぞれなのに、なぜか多くの人を集める「空間」がある。逆に等身大をはるかに超えたビル群や広すぎる街路は「場所性」を育てないといわれています。現在の墨田区、本所あたりが空虚なのは、戦後の区画整理事業が広すぎる街路を造ったためかもしれません。

ヨコハマの都心も、特に1980年代以降、「空間」を肥大化させ「場所」性を劣化させていきました。旧来からヨコハマに暮らす人々にとっての「場所」を積極的に破壊してきたともいえる。

そして一過性のイベントは文字通り一過性なわけですから挙行されれば消えていく。「場所」が育まれることはありません。

ヨコハマだけでなく東京湾岸の再開発地区だって多くの場合はそうですけどね。コミケがあたって、そのイベントが「場所」になることはあってもビックサイトが「場所」性に富んだ空間になることはない…そういう意味では、東急線沿線のそれぞれの商店街の方が優秀です。

たぶん、高尾山に多くの人が集まるようになったのも、街中に「空間」が溢れて「場所」性がしぼんでいった。だから多くの人が高尾山を目指すようになったのでしょう。

僕が小学生の頃、ヨコハマの中華街はもっとフツウの商店街に近く、中華な門もなく、江戸清は街角のお肉屋さんで、美味しいお寿司屋さんもありました。
一本裏筋にはBarがたくさんあって、腕の太い(でもやさしい)用心棒がいる店もあったし、全員が聴覚障害者のホステスさんばかりというお店もありました。
今は、中華色に統一されていますが、もっと多様な街だったのです。

今、中華街にはコンシェルジュがいるそうですが、たぶん、そのコンシェルジュさんたちも、あの頃の中華街のことは知らないでしょう。

殊更に神戸の南京町を評価いているわけではありませんが、あちらにいた方が落ち着けるかな。周辺には個人が経営する喫茶店やcafeも豊富ですしね。そこへいくと今のヨコハマは殺伐としています。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中