馬券につっこむお父さん

昭和東北大飢饉は1930(昭和5)〜1934(昭和9)年にかけての長期に渡る飢饉。恐らく日本史上最大の飢饉だろうといわれています。
その飢饉だけでなく、大型のものだけで、明治期に5回。たった15年しかない大正期にも、東北地方は2度の大型飢饉に襲われています。

そして、この状況を解決できなかったことが大陸進出や満州国建国という発想につながり、その後の第二次大戦を呼び込むことになったのではないかといわれています。

(そういえば、うちのオヤジも226の青年将校たちの決起と東北地方の惨状を重ねて語っていました)

江戸幕府が開国を決意したのも、そもそも財政状況が悪化していたところに浅間山の噴火や安政の大震災に襲われたことから、貿易独占という博打をかける方向に賽を投げたことに拠るんでしょう。よっぽど切迫していたから勅許も得ずに走ったんだと思います。

借金だらけの政府を、東日本大震災が襲い、またしても、あまりに巨大な水害です。たぶん「カジノ」という博打では効かないのでしょう。
ただ、貿易は独占できたのに江戸幕府は潰れました。権力争いはあって明治政府はできましたが、結局、庶民は時代の変転に巻き込まれ、政府に頼っていた部分は梯子を外されたようでした。明治政府以降の政府は江戸幕府とは比べ物にならないくらい投機的で、日清・日露から前の大戦まで戦争続き。そして、庶民は勝っても負けても犠牲ばかりです。

とにかく「鵜呑みにしてはいかん」ということでしょう。

確かに政府(自治体)の対策は後手に回り、僕らはセルフ・サービスを求められる。そしてひもじい。
でも、そのことを理由に博打を許してはいけないと思います。

家族の幸せを願って借金しまくって馬券につっこむお父さんは、結局、家族を離散させるでしょう。

あれと同じです。

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