無意識でいる部分こそ

例えば、芸能人のプライベートをスマホ撮影し、それを自身のSNSで発信すれば、その人は、普段から、そういう情報に何らかの「情報的な価値」を感じている人脈に属していることになります。情報が読める人には、そういうことから自分を値踏みさせてしまう。SNSは自分が無意識でいる部分をむき出しにし、しかも、それを冷凍保存してしまうようなところがあります。

そういうことをいったい何人の人が意識しているのかなと思います。

SNSを何年も続けていれば、その人が、反知性主義なのか(つまり思い込みで語る人なのか)、そうでないのかもよく判ってしまうでしょうし、ステレオタイプな受け応えに終始する人なのか、自分の声で語る人なのかも、よく判ってしまうのではないかと思います。

でも「より気をつける」といっても、もともと「無意識」なわけですから、ストレス、イライラが増大するだけで、あまり効果は得られないでしょう。
というわけで、SNSに限って気をつけるのではなく、自分の人間性でしょう。結局、そういうことなんだと思います。

普段着の自分がどういう人か。

たぶん、匿名に隠れていられるのも、もうしばらくの間です。しばらくすれば、すべてが「暴露」されてしまう時代になるでしょう。
何しろ、すべてが可視できる時代です。自分の行いが可視できる状態でSNSの中に残ります。

「群衆」という隠れ蓑が効かなくなる。
しかも「取り締まられやすくなる」ではなく「社会的な評価」としてスポイルされてしまう可能性がある…そして無意識な部分こそ評価対象になること。

社会のあり方が変わります。

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