人類と人間

いつからか、僕らは「人間」というフィクションを生み出しました。
たぶん、オーガニックな「人類」は弱肉強食だし、共食いしても生き延びようとする動物でしょう。逆に、天変地異などにはひ弱で、大型動物にも捕食されていた、ただの小型動物です。でも、なぜか氷河期を、針と糸で皮をつないで着るもの、テントなどを創作して生き延びた…

そのあたりから人間性というフィクションに、僕らは重きを置くようになりました。他者に思いやりを持ち、自律的に共生を重んじる。ただ、それはメッキであって地金ではない。地金はやっぱり「人類」です。

その「人類」が、針と糸の向こうにミサイルというテクノロジーを持ってしまった。敵をだまし討ちにするという知恵も持ってしまった。だから、僕らが「人間らしい」とイメージするもの、それはフィクションだとわかってはいても、それを磨くしかないわけです。

ただ、喰うに苦しくなれば地金が光るようになります。大岡昇平氏の「野火」が描くとおりです。

「人はパンのみに生きるに非ず」を行けるかどうか。ここが正念場です。

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