方 便

当時、日本一国としての意思を集約した「ひとつの政府」というものがありませんでした。幕府、朝廷だけでなく、その気になれば諸藩にも独立国として外国と交渉する権利がありました。
でも、時代の趨勢(国際情勢)がそれを許さなくなり、明治政府という「ひとつの政府」のもとに全体が動く国。つまり中央集権な近代国家になりました。ペリーが来航し、あちらのルールを押し付けてきたことが引き金になりましたが、当時の先進国はどこだって「ひとつの政府」対「ひとつの政府」の交渉を常識にしていましたから、やはり「時代の趨勢」といた方がよさそうです。たぶん「昔ながら」を貫いても、日本を存続させることは難しかったんだと思います。

一方、日本は殲滅戦を避けるために「権威」を置いておくという方便を用いるという政治習慣を持っている国です。卑弥呼の昔から現在の皇室の存在まで、力と力が殺し合い、やがては両者が全滅してしまうことを避けるために、調停できる権威を置いておく…欧州だって中世になればそういう方便を用いるようになりますし、イスラム社会でなかなか戦争が終わらないのは、そうした「権威」が不在だからといいます。

日本は、こうした制度のもとで「水に流す」つまり、はっきりと首謀者の責任を問わないということを方便にして「恨」が戦いを長引かすことを避けてきました。「切腹」も処刑ではなく、あくまでも自死です。特に権力者間では「勝者による処刑」を避けてきました。

しかし、こうした方便を長く続けてくると「責任の所在があいまいになる」というデメリットも生じます。

でも、この国の戦後は権威を持たない国のひとつであるアメリカ合衆国の影響を大きく受けてきました。改めて戦後の食文化の変転を俯瞰してみるとゾッとするくらいです。
そして、アメリカの消費文化に大きな影響を受けてきた庶民こそ「水に流す」体質を大きく変えつつあるのも事実です。

僕は、そのあたりに時代の趨勢を見ます。あの頃、自分の意思ではないが「ひとつの政府」を選ばざるを得なかったように「個人の責任を明確にする」を「せざるを得ない」時代がきたんだと思います。もちろん「権威」にお任せする時代も終わりになるでしょう。

僕は「多数決による民主主義」というのも欠点の多い方便だなと思っていますから。これで治るとは思いませんがかなり長い間、この国を安定させてきた方便が通じなってきていることは事実だと思います。

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