やっぱりセルフ・サービス

「村請け」。主に江戸時代の地方、村方の納税スタイルです。
検地。つまり納税額の決定も、その税の支払いも諸役の負担も、個人ではなく「村」を単位に行われたので「村請け」。故に、破産したり離農したりした人がいると、その分は「他の村人の負担になる」というシステムでした。

幕末、横浜開港後の関東では貿易が唸りを上げて「金」を生み、噂話もあって、関東の多くの人が江戸や横浜などの大都会を目指し、一挙離農ということもありました。また商品化した作物を増産するために無理な作付けをし、そうしたことが飢饉を呼び込み、破産する農民も続失しました。

そして、年貢の肩代わり納付がきつすぎて、残った者全員が行方をくらます「村」も続出しました(逃散)。特に幕府の領地ではなく「天領」は大名領に比較すれば施策も手薄ですし、そもそも年貢の取り立て以外の「新たな殖産興業」などは、実質的に代官(代理で当地を管理している役人)の自主性に任されている感じで、対策はごてにまわりました。しかも関東の天領は大名領や旗本領の間に点在していましたから、面的には施策を講じにくい状況がありました。

村は荒廃し、悪の温床にもなり(国定忠治は、だから「赤城の山(群馬県)も今宵限り」なんですね)、もちろん幕府は収入激減です。
実は「横浜開港」は逼迫する幕府財政をなんとかするための大博打でもあったんですが(というわけで、幕府は貿易を横浜という新開地に集中させ、囲い込んで独占を狙ったわけです)このことが関東の荒廃と天領からの収入源につながり、たぶん幕府崩壊の大きな要因になっていきます。

「カジノ」施策は「横浜開港」に似ています。
じゃぁ、現代の「逃散」は何かなと思います。例えば、テナントが歯抜けになったショッピングモールの共益費、同様の高層や大型マンションの豪華な共益空間の維持費。100戸が50戸になったら、幕末の関東の村々みたいなものではないでしょうか。
ショッピング・モールもマンションにも、豪華な吹き抜けがあり、共益的なベンチやソファーが置かれ、パブリックアートなどが置かれているところが少なくありません。また「子育て」を売り物にしたマンションには、業者撤退でもぬけの殻になった「箱」だけが残されているケースもあります。
豪華な吹き抜けは、毎日、膨大な空調費を必要とし、使う者が点在的にしか存在しなくなったタワー駐車場にも無駄なモーター駆動費、メンテナンス費用が必要です。それを少数になった残留者で負担していくのか…

なんだか先は見えているような気がします。

とにかく、時代が大きく変わる時、体制側による改革は後手に回るのが常です。僕らは「幕府の存続」に軸足を残すことが「すでに失敗」という時代に差し掛かることがあるのです。

そうでなければ江戸幕府は今もあるし、大日本帝国だって無くなることはなかったのでしょう。

だからこそ、自分で考え、自分で答えを見つけ、行動をデザインする。そういう「セルフ・サービスな考え方」でいた方が安全な気がします。

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