荒れないわけは

本来、それぞれの人にはそれぞれの個性があります。

そうした人々が、かなりの苦労をして「フツウ」というデザインを踏襲しようとして今日に至る。そうした世間には、厳しい「減点法」で、しかも問題をはっきりと指摘せず、黙って不純物をスポイルしていく体質もある…でも、そのたいへんさも「食う」ためだから耐えてきた…

「フツウ」というくらいで、それがこの国のスタンダード。多くの人がお行儀よくさせられてきたかからこそ「寅さん」は人気のキャラクターになったのでしょう。

その「フツウ」が大挙して難民化したら、たぶん、この国はパニックです。
でも、翼賛体制から続いてきた「お行儀よく」は、大人をして時代の断層の大きさに戸惑うばかりの状況をつくりました。指導者にも指揮者にも恵まれない状況にガタつかないわけはありません。しかも「多数決に拠る民主主義」は、結局、研鑽、経験を積んだ専門家より、素人の思い込みによる判断を優先してきました。

これまでの「フツウ」と距離をとってきた人々は、とまどわないかもしれませんが、そうした人々も「とまどっている人々」を救うというのはなかなか難しいでしょう。長く「フツウ」に伍して生きてきた人々にとっては、ハグレ者としての実績したない人々が「こうすれば」と言葉で説明しても、ただただ怖がられるだけだなんだと思いますから。

(そして、キョロキョロと「みんなはどうするんだろう」と見回し、その判断に従おうとするわけです)

でも、集団的な生産が海外に流出し、匠だけが残り、そして労働市場が国際化していく時代に、少子高齢化が重なる…

そして、その状況変化のスピード。

つまり、少なくとも荒れないわけはなさそうです。

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