不自然は

たぶん、本来、不自然なはずの「統一感」を強いたのは、産業的な農耕と、産業革命以後の工業生産でしょう。

農耕も、江戸時代の後期まで、家族で自給自足を基本に、手助けが必要なときだけ近隣の人や親戚が手伝う…な感じも残ってたんですが、一方「作物が銭に変わる」は江戸時代の初期には顕在化し、大消費地の周辺を中心に、集団生産な農業も蔓延し、そういう農業には、就業時間があって、遅刻があって、という工業生産に近い感じで「集団が一糸乱れず統一的に働く」が奨励される。富岡製糸場よりはるかに前の時代に「規則と規範な就業スタイル」は始まっていたというわけです。

「合戦」はもっと前に一騎打ちから集団戦の時代になっていたわけですからね。たぶん、軍制を参考に、マルクスさん的に言えば「資本家側」がどんどん体制を整えて行ったのでしょう。

明治以降は、そういうことが国家規模になる。国民的に「みんなで」なわけです。それに従えない人を、前の大戦中は「非国民」なんて呼んだわけですが、この雰囲気はもっと前からあったんだと思います。

必ず「みんなで」は、それに従う人をして大きなストレスを生む。
だって、自然な人間は、みんな個性的。その個性を押し殺して、はみ出ないように「みんな」に従っているだけ。多くの場合「みんな」に従っていないと食い扶持が確保できませんからね。

そして「スケープゴート」が必要とされる。ご両親が21人を提訴した、あの「東京大学のコンパで男子学生が泥酔し死亡」という事件も、そんな匂いがする事件です。

最近の僕は、本当に「みんなで」が「安心」を担保してくれているものなのかと考え始めています。ひょっとしたら、資本家側のプロパガンダがつくりだした幻影なのかもしれませんしね。

また、なんらかの芸術的な才能や情報生産力、匠としての技量がなくても
「集団生産」に参加しないで生きていく方法はないのかと考え始めています。
ひとりは無理かもしれませんが、せめて数人…。それも遅刻・早退が自由な感じのやつで、人と人との接点が濃厚じゃなくてもできること。昔と違って、パソコンという強い味方がいますからね。もしかしたら、できるかもしれません。

まぁ、えらく難しい課題ですけどね。
考えて、実験して、海路の日和が見えたら、オープン・ソースとして公開するのが夢です。

なにしろ、不自然は長くは保ちませんからね。

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