バ カ

30歳代までの僕は、いけ好かないブランド野郎でした。上から下までDCな感じ。馴染みのビストロがあり、ヴーヴ・クリコに、シャトー・マルゴー。ブランデーならメタクサ。シングル・モルトならアイレイ。「アイレイはね。ちょっと潮の香りがする気がするんだ」と嘯いていました(まさか、そんなことはありません)。絵に描いたような嫌なヤツでした。

でもね。結局、作法を習得できなかった。居心地が悪かった。

僕は貧乏な美大生に憧れていたのに、いつの間にか金ぴかなカタカナものになり、青年実業家風でもありました。

思い出しても恥ずかしい。「穴があったら入りたい」という言い回しが体感的に理解できる気がします。

今はユニクロのジーンズを着き、某技能職のTシャツでいます。相変わらず食い道楽ですが、今は1千円以上を使うことは滅多にありません。
米の味、小麦粉の味が愛おしいし、ソースなどに感謝しつつ絶妙なメンチカツを楽しみますし、炒り酒や醤油の美しさも素晴らしいと思っています。

相変わらず近江牛は最高だと思っていますが、あの頃、その味がホントにわかっていたかどうか。今は滅多に口にすることもなくなりました。その必要性をまったく感じなくなったのです。

線香花火に火をつけて、火薬が燃え尽きたからボタっと下に落ちた…そんな感じでした。
もうすでに40歳代の頃にはそんなわけで(それまでの)人を遠ざけるようになっていましたが、それでもストレスは増大していました。

たぶん、すべてがすっと一本の糸にまとまるような感じになったのは倒れてからです。死にかけて初めてわかり、再発率の高い病を得て、初めて(ただの違和感ではなく)自分のすべての行動が怖くなくなりました。

うちのひいばあちゃんは「バカは死ななきゃ治らない」っていうのは「バカは死んでから、ああ、こういうことすると死んじゃうんだなって、やっとわかるからバカなんだ」って言ってました。
言い得て妙だと思っています。

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