ある時から

ある時から「反戦」は「運動」ではなく「生活習慣だ」と思うようになりました。

かつて農村の貧困のテキストといわれていた大学者が、実は大のオペラ・ファンで、お忍びでオペラ公演に通っていたという話しや、確かにそれは有機・無農薬な原材料に拠るものだが、それは原料生産地の子どもたちが学校にもいけず、大して賃金ももらえず摘み取った綿花だったりとか
自分のライフ・デザインにスポット的に持ち込まれた「運動」は
その運動が撲滅しようとしているものではないにしろ、何かを助長していることもある…

まだ、何をどうすればということを具体的に説明することはできません。
僕自身が手探り状態です。

でも、自分として加害者、共犯者にならないためにはどうしたらいいか…
今はそれを考えながら、生活を組み立てるようにしています。

たぶん、give&takeな発想や、winーwinの発想とは遠いところにあり、ワンランク上の生活を目指そうということ自体が戦争を呼び込むことになっているのでしょう。
あまりに安い食材や食品を志向すること。身の丈を超えて「移動」しようとすること。面倒を人に押し付け、自分はできるだけ快楽でいようとすること。

つまり、近代的な都市生活を志向すること自体が戦争を呼び込んでいるのかもしれません。

とにかく、苦痛でも考えましょう。できるだけ自分の生活に実践してみましょう。

隊列に加わることだけが反戦ではないはずです。

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