学校を信じる

昨日の「クローズアップ現代」(2015年8月5日 NHK総合)で放送されていたこと…

長崎県島原市の中学校で、昨年、79歳の被爆者の方を招いて全校生徒を前に被爆体験談を聞く会が催されたのだそうです。
被爆者の方は、あの日の長崎の惨状を語り、そして最後に

「原爆投下は70年前の出来事ですが、生徒のみなさんにも関係があると思います。
 広島、長崎を経験したのに、どうして日本は原子力発電をやっているのか聞かれます。
 私は被爆者だから個人的には原発に反対です」

と述べられた。そして、その直後、校長先生が被爆者の方の発言を遮った…

発言を制限した校長先生ご自身が実名を公表された上で番組に出演され、その理由を「失礼だとは思ったが政治的な発言だと判断した」とし、また「被爆者が想いをストレートに伝える語り方は、今の学校には受け入れにくくなっている」ともおっしゃられていた。

まず被爆者の方は「私は被爆者だから個人的には」とおっしゃられているのであって「〜すべき」というように個人の考えに過ぎないものを過度に普遍化しようとしているわけではないので、誰かを政治的に洗脳しようとする意図はなかった…。故に校長先生のご心配は、ちょっと行き過ぎだったのではないかと思います。
一方、校長先生の「今の学校には受け入れにくくなっている」という発言には、急に変更を余儀なくされている学校を管理するお立場の校長先生の戸惑いが見て取れるようにも思います(だから、問題提起を目的にNHKの番組に出演されたんでしょうね)。

やっぱり、役所が運営し、文科省が監理する学校、特に公立の学校には限界があるなと思います。
だって、この国の、現在のお役人の長は安倍晋三氏で、副総理は麻生太郎さんです。現場にいい先生方がいらしても、アルバイトができない公務員の収入の道を断つことができるのはお役所ですし、そのトップが彼らです。

子どもたちの教育を学校に集約すべきではない。
そう思います。

すでに死語になりつつありますが「社会教育」という言葉があります。文字通り社会教育とは「社会で行う教育」のことで、今も教育は「学校教育」「家庭教育」「社会教育」の3本柱で行われることになっています。
でも一般に流布しているのはもっぱら教育を専任して行うのは「学校だ」というイメージです。確かに社会教育を行おうにもコミュニティは希薄になり、お父さんもお母さんも忙しい。それは事実ですが、全てを「学校」に押し付けて「社会教育」「家庭教育」を省みないというのはどうでしょう。

繰り返しますが、この国の官のトップは安部さんであり、麻生さんです。そして公立学校を運営しているのは自治体をはじめとする役所です(僕は教育委員会の独立性などあってないようなものだと思っていますので)。

彼らに、大切なお子さんの人間形成を委ねられますか?
学校を信じるとは、結局そういうことですからね。

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