夏の日でした

すでにお父さまは戦死されていたのだそうです。一瞬何があったかわからず、気がつくとお母さまは眼球を飛び出させて死んでいる。弟も妹も、その傍にいて即死。彼はその瞬間、小学生で戦災孤児にもなりました。

彼が台東区の千束に流れてくるまでの経緯は聞きませんでしたが、半袖の右腕と額の右側に火傷の跡がありました。
浅草のレトロな喫茶店でいっしょにモーニングを食べました。

なんだか寝付けなくて結局徹夜になって、小島町のうちからブラブラ歩いて、何気なく入った喫茶店でした。
もう10年以上も前のことです。

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