皮肉なこと

暑い夏。特に8月になると、敗戦から15年以上たって生まれた僕が戦争のことを思います。
まず、父ちゃんやばあちゃん、ひいばあちゃんが語って聞かせてくれたんでしょう。そのことを礎にたぶんテレビなどの「終戦特集」などにずっと興味を持って臨んできた。そのことに拠るんだと思います。

でも、僕らの世代でも僕のような人間はごくごく少数派です。
学校でも、前の大戦について殊更に教えられた記憶はありません。せいぜい戦争を題材にした演劇を観に行ったくらいです。

僕らより、はるかに敗戦に近接して生まれたはずの団塊の世代は「前の大戦」に全く興味を示しません。彼らにとっての「戦争」はベトナム戦争。たぶん親たちの世代の多くが口を噤み、占領政策と学校教育がリンクしていたんだと思います。
そして、あいかわらず彼らの興味は「私の快感」です。だから安保関連法案への反対の声も、彼らに世代のものに限ってはどこか空虚なんだと思います。

うちの叔父貴が北の海で亡くなったとき、せめて苦しい思いをしていなければいいんだがと思います。
3月の北の海で眠るように凍死できたのか。それとも、その前に内臓が体外に溢れ出るような怪我を負っていたのか。
誰とて叔父貴の死に際を伝えてくれる生存者の方もいらっしゃらず
死んでから叔父貴を探して聞いてみる他ありません。

空から焼夷弾も降ってこず、機銃掃射を心配することもないこの8月を
敗戦から70年も経ってしまったから「ありがたい」とは思えない…

なんとも皮肉なことです。

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