あいまいにして水に流す

2011年の8月6日。NHK総合で「NHKスペシャル『原爆投下 活かされなかった極秘情報』」が放送されました。今から4年前のことです。

敗戦当時、九州全域の防衛を担って大村基地にいらっしゃった戦闘機乗パイロットの本田さんは放送当時で88歳におなりでした。本田さんは、取材班に「長崎に原爆が投下された(遅くとも)5時間前には、軍の中枢は、その情報を掴んでいた」という事実を知ったときに

「これが日本の姿ですかね。…こんなことまた 起きるじゃないですかね。こんなこと許しとったら…」

そう おっしゃられた。

当時、迎撃命令は発せられず(空襲警報すら発令されず)ただただ、基地に運ばれてくる瀕死のけが人の世話をしながら、迎撃が任務である自分は申し訳なさで涙が止まらなかったと、本田さんはインタビュー中も声を詰まらせておいででした。

軍部は「合衆国に原爆の開発能力ナシ」として原爆開発を中止していたところでもありました。でも、だからこそ、軍の上層部は「合衆国による原爆投下」を認めたくなかった…何十万人の人たちの命が的になっていても、まず「自分が責任をとらされること」を先に考えた。
本田さんの「これが日本の姿ですかね。…こんなことまた 起きるじゃないですかね。こんなこと許しとったら…」という言葉の裏には、そういった顛末を含んで「5時間前には知っていた → でも迎撃命令も空襲警報もでなかった」であったことを示しています。

はっきりと「責任を問う」ことをせず、そのあたりを「あいまいにして水に流す」。今も90歳を過ぎた、当時の一兵卒の被告に戦争犯罪の有罪を言い渡すドイツとは対照的です。

テレビのニュースワイドでは「新・国立競技場」のことも、誰が責任者だかわからないところに問題の原点があるという論調ですが、トカゲの尻尾切りだとされる文科省の局長の辞任も、つまりあからさまに更迭ではない…辞任です。

でも…

大多数による匿名性の中に埋没できる時代ならまだしも、今はスーパーで買い物をした、そのレシートにレジ打ちした人の氏名が印字される時代です。SNSなどに書き込まれたことは消えないし、いつかの「地方議会における下品なヤジ」の件も、数日と経たないうちに誰の声かが市井のアマチュアに特定されてしまうという…

「これが日本の姿ですかね。…こんなことまた 起きるじゃないですかね。こんなこと許しとったら…」

為政者がまだこうした体質を温存することを望んでいたとしても、デジタル化、コンピュータ化がそれを許さなくなってきています。もともとは為政者自身が、より「人々を管理しやくする」ために発達させたデジタル化、コンピュータ化であったとしても、技術はいつかは市井に汎用されるのが宿命。インターネットだって軍事的な技術だし、カーナビだってそうです。

そして、汎用された技術はいつかは為政者の首を絞める。

たぶん今は「あいまいにして水に流す」が過去のものになっていく時代。誰かの正義ではなく、技術という環境がそうしていく。だからこそ潰されずに前に進んでいくんだと思います。

(好むと好まざるとによらず…つまり、市井でも「あいまいにして水に流す」の方便は、近く通用しなくなっていくのだと思います)

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